ジムで隣の人がプロテインに白い粉を溶かしている。クレアチンだ。飲んでみようかと検索すると、今度は「ハゲる」「腎臓を壊す」という文字が並んで、手が止まる。噂の一つひとつを、体感でも伝聞でもなく、研究がどこまで言えているかだけで採点してみる。

採点基準を先に開示する
この検証の物差しは1つ——その噂を直接調べた研究が、何をどこまで言えているかだ。
「知り合いが飲んで平気だった」は採点しない。逆に「なんとなく怖い」も採点しない。体験談も不安も本物だが、期待や思い込みと切り分けられないからだ。だから以下は「安心か不安か」ではなく「研究の裏づけがどれだけあるか」の順位になる。効果には個人差があります。
ここで大事な区別を1つ置いておく。「根拠が薄い」と「否定された」は違う。 噂の中には、はっきり否定されたものと、まだ確かめられていないものが混ざっている。分けて扱う。
第1の噂: 「ハゲる」は確かめられているか
出所は追試されていない単一の研究で、ヒトで脱毛を報告した研究は見当たらない。
この噂の土台は、ラグビー選手を対象にDHT——髪の細さに関わるとされるホルモン——の上昇を報告した、1本の研究だとされる。クレアチンの誤解を包括的に検証したAntonio 2021のレビューは、この結果がその後の研究で追試(再現)されていないと指摘する。
さらに踏み込むと、レビューは現時点のエビデンスがクレアチン補給によって総テストステロン・遊離テストステロン・DHTのいずれかが増えることを示していないと述べ、そのうえで実際にヒトで脱毛や薄毛が起きたと報告した研究はないとまとめている。
判定は、根拠が薄い。否定し切れたわけではないが、噂を支える証拠もまた薄い、という段階だ。
第2の噂: 「腎臓に悪い」はどこまで言えるか
推奨用量では、健常者に腎障害を示さないと管理研究が報告している。
Antonio 2021は、クレアチンにまつわる誤解の中でもこれが最も根強いものの一つだとしたうえで、推奨用量(1日3〜5gなど)で摂る限り、健常な人でクレアチンが腎障害や腎機能障害を起こさないことを、実験的・管理された研究が示していると述べている。
ただし注意がいる。ここで言えるのは「健常者・推奨用量」の話だ。腎臓に持病がある人や通院中の人まで含めて安全だ、という意味ではない。そこは自己判断の外にあり、主治医に相談すべき領域だ。これは医療上の助言ではない。
第3・第4の噂: 「水太り」と「ステロイド」
水分は主に細胞の中で増えるもので、化学構造からしてステロイドではない。
「水ぶくれになる」については、短期に体重が少し増えることはある。ただしAntonio 2021によれば、それは主に細胞内の水分(細胞内容量)が増えることによるもので、皮下にたまるむくみとは性質が違う。しかも総体水分は変わらないとする研究も複数あり、一様ではない。
「ステロイドの一種」という誤解には、レビューは短くこう答えている—— 化学構造がまったく異なるため、クレアチンはアナボリックステロイドではない。安全性についても、別のISSNポジションスタンド(Kreider 2017)が、健常者で最大30g/日・5年までの使用が安全で忍容性が高いと報告している。
判定: 「怖い噂」の多くは、根拠が薄いか誤解だった
エンタメとしての優勝は「ハゲる説」——最も広まっているのに、支える研究が最も見当たらないという意味で。
条件付きで書くと、こうなる。
- 健常で推奨量なら、腎臓や脱毛を根拠に怖がる材料は、今のところ研究側に乏しい。
- 腎臓に持病がある・通院中なら、話は別。ここは自己判断せず主治医に相談する。
- 体重が少し増えても、それは細胞内の水分の話。むくみや脂肪とは切り分けて見る。
効果や反応には個人差がある。噂に飲まれる前に、その噂が何に支えられているかを一度見る。それだけで足りることは多い。
今夜の一手: 噂を1つ、出所までさかのぼってみる
今日いじるのは、サプリの棚ではない。
- 気になっている噂を1つ思い浮かべる(クレアチンでなくてもいい・約10秒)
- その噂が「誰かの体験談」なのか「確かめた研究」なのか、一度だけ問い直す
答えが出なくてもいい。出所を確かめる癖そのものが、取り戻したい落ち着きの入り口になる。


