気分への効果は、方向として確か
『運動脳』(著者は『スマホ脳』と同じアンデシュ・ハンセン)の中心は、「運動は、からだだけでなく心にも効く」というメッセージです。ここは、我々の台帳とも方向が一致します。運動と抑うつの軽減、不安の軽減は、それぞれ複数のRCTをまとめたメタ分析で報告があります。「気分が沈む夜に、散歩やスクワットが少し効く」というのは、単なる精神論ではありません。
さらに良いのは、この本が「追い込め」と言わないこと。運動を続けられるかどうかを分けるのは、運動中に気持ちよさを感じられるかどうかだと報告されています。初週からきつく追い込むと、脱落するうえに「運動=つらい」という負の学習が残る。だからこの本の「中強度で、気持ちよく終える」「少しでいい」という穏やかな処方は、継続の研究と整合しています。我々がスマホから取り戻した時間をからだに向けてほしいのも、記録が積み上がる感覚(「今日もやれた」)が自己効力感につながるからです。
「頭が良くなる」は、控えめに読む
一方で、この本のいちばん派手な主張——「運動で頭が良くなる」「記憶力や集中力が上がる」といった認知への効果は、気分への効果ほど頑健ではありません。認知への影響は、課題の種類や年代によって結果が割れていて、効果量も誇張されて伝わりがちです。方向として期待するのは構いませんが、「読めば頭が良くなる」という保証としては読まないほうがいい。
同じく、BDNF(脳を育てる物質)などの機序の話も、魅力的ですが「なぜ効くかもしれないか」の説明であって、「だから確実に効く」という結果の保証ではありません。機序の華やかさと、実際に生活が良くなるかどうかは、別の問いです。
運動量の具体的な処方(週に何回・何分)も、成果への近道のように断定されると危うい。必要な量には個人差が大きく、あるのは「習慣として根づく目安」であって、成果を約束する一律のレシピではありません。効果には個人差があります。
誰に勧めるか
スマホから離して取り戻した時間を、次にどこへ向けるか——その答えのひとつを「からだ」に置きたい人には、良い後押しになる一冊です。気分への効果という確かな部分をやる気の燃料にしつつ、認知への派手な約束は控えめに受け取る。それが、この本といちばん健全に付き合う方法だと考えます。まずは5分の散歩から。それで十分に、研究の言う「効く範囲」に入っています。