23時。寝かしつけを終えて、やっと自分の時間。インスタを開く。同級生の旅行、片付いた部屋、手作りのお弁当。30分後、なぜか気分が沈んでいる。それでも指は止まらず、次の投稿へスクロールしている。

SNSを見た後に落ち込むのはなぜ?
他人の「編集済みのハイライト」と、自分の「未編集の日常」を比べているからだ。
心理学では、自分より上に見える相手と比べることを上方比較と呼ぶ。SNSのフィードは、この上方比較が起きやすい構造だと指摘されている。表示されるのは各人の最良の瞬間だけ。散らかった部屋や疲れた顔は投稿されない。比較の土俵が、最初から傾いている。
落ち込んだ後にさらに見てしまうのも珍しくない。気分を変えたくて開き、また比較して沈む。心当たりがあるかも。このループの入口は意志の弱さではなく、フィードの構造だ。
見る時間を減らすと気分は変わる?
変わる可能性を示す実験がある。ただし万能ではない。
大学生を対象にした実験(Hunt 2018、N=143)では、SNSの利用を1日10分・プラットフォームごとに制限した群で、孤独感と抑うつ感の低下が報告された。
一方で、正直に添えておく。SNS制限が幸福感全体に与える影響は、複数の研究をまとめたメタ分析では結果が割れている。「減らせば幸せになる」とまでは言えない。それでも「見る量を自分で決める」ことが気分の一部に働きうる、という手がかりにはなる。
フィードはどう整えればいい?
削除ではなく、比較の火種だけを間引く。
アカウントを消す必要はない。見た後に決まって気分が沈む相手を、ミュートするだけでいい。ミュートは相手に通知されない。フォロー解除より心理的な障壁が低く、関係はそのままでフィードだけが変わる。
あわせてフォロー一覧を眺めて、「なぜフォローしているか思い出せない」アカウントを数件外す。フィードの火種は、たいてい少数の発信源に偏っている。数件間引くだけでも、開いたときの景色は変わる。
1日10分の制限も、スマホのスクリーンタイム設定で今夜から用意できる。守れない日があってもいい。10分で通知が出ること自体が「なんとなく開き続ける」への摩擦になり、続けるか閉じるかを選び直すきっかけになる。
寝かしつけ後の時間は、1日でようやく巡ってきた自分の時間だ。その時間を、落ち込むための比較に使う義理はない。フィードを整えるのは我慢ではなく、自分の時間を取り戻す作業だ。
今夜の一手: 火種を3つミュートする
- 見た後に落ち込む相手を3つ選んで、ミュートする(約60秒)。相手に通知は行かない。
- 余力があれば、SNSアプリに1日10分の利用制限を設定する。
- 明日の夜、気分が沈み始めたら「土俵が傾いているだけだ」と一度だけ言葉にする。あなたの日常が劣っているわけではない。

