週末、スマホに表示された今週の使用時間を見て、思わずため息が出る。「またこんなに」と自分を責めて、少し気分が沈んで、そのまま気を紛らわせるようにまた画面を開いてしまう。責めるほどに、手が伸びる。この落ち込みのループは、どこから切ればいいのだろう。
使い過ぎが落ち込みの「原因」なのか?
関連はあると報告されていますが、どちらが原因かは特定できていません。 Augner らの2023年のシステマティックレビュー+メタ分析では、問題のあるスマホ使用が不安・抑うつ・見逃し不安と正の相関を示したと報告されました。ただし含まれた研究のほとんどが横断研究、つまりある一時点で測ったもので、使い過ぎが落ち込みを招くのか、もともと落ち込みがある人が使い過ぎるのか、因果の方向は特定できないと著者自身が明記しています。だから、使用時間の数字を見て「この数字が自分をだめにしている」と決めつける必要はありません。関連はあっても、原因とは言い切れないのです。
自分を責めることは、立て直しを助ける?
自己批判より、自分への思いやりのほうが立て直しに寄与しうると報告されています。 Adams と Leary の2007年の実験は食行動を題材にしたものですが、不健康な食品を食べさせたあとに自分への思いやり(セルフコンパッション)を促された群は、促されなかった群にくらべ、その後の苦痛と食べ過ぎが軽減されたと報告されました。これはスマホの使用そのものを調べた研究ではないので、そのまま当てはまるとまでは言えません。それでも、「やってしまった」あとに自分を責めることが、次を良くするとは限らないという視点は共通します。数字を見て自分を叱るより、「疲れていたんだな」とねぎらうほうが、結果として次の一手を選びやすくなるのかもしれません。
そもそも、なぜ手が伸びるのか?
退屈から手が伸びるのは、自然な反応であって弱さの証明ではありません。 大学生515名を対象にした横断研究では、退屈しやすい人ほど問題のあるスマホ使用の得点が高く、退屈がその間をつなぐ役割を果たしていたと報告されました。これも横断研究なので因果の方向は分かりませんが、「意志が弱いからだ」と自分を責める前に、「手持ち無沙汰だったんだ」と状況のほうに目を向けられます。だとすれば必要なのは反省ではなく、退屈な時間に手が伸びにくい環境や、別の小さな行動の用意です。なお、気分の落ち込みが強く長く続く、日常に支障が出ているといったときは、我慢して抱え込まず専門機関への相談を検討してください。
今夜の一手: 数字を「目盛り」として一度だけ眺める
今夜は、使用時間の数字を一度だけ、責めずに眺めてみる。それは通信簿の点数ではなく、体温計のような現在地の目盛りです。「今週はこのくらいだったんだな」と確認して、それで終わりにする。反省文を書く必要はありません。責める代わりにねぎらう。切るべきは使用時間ではなく、まず落ち込みのループのほうかもしれません。効果には個人差があります。

