我々の背骨と、ほぼ同じことを言っている
行動を変えるコツを一冊にまとめた本のなかで、『複利で伸びる1つの習慣』(原題 Atomic Habits)は、我々が記事で繰り返してきたことと非常に近い立場に立っています。「意志の力を鍛えるより、環境ときっかけを設計しよう」という中心思想は、そのまま我々の背骨です。
特に良いのが「習慣の積み重ね」。歯を磨いたらスクワットを1回、コーヒーを淹れたら今日やることを1つ書く——既存の習慣に新しい行動を紐づけるこの形は、心理学でいう実装意図(if-thenプランニング)にほぼ重なります。実装意図はメタ分析で目標達成に中〜大の効果が報告されていて、単なる自己啓発の思いつきではありません。
もうひとつ誠実なのは、「21日で習慣になる」という俗説を採っていないこと。実際の習慣化には平均で2か月ほどかかり、個人差も大きい。この本はその現実を踏まえて、アイデンティティ(「どんな人でありたいか」)と小さな一歩を重視します。
「1%で37倍」の数字だけは、割り引く
一方で、この本の代名詞になっている「毎日1%改善すれば、1年後には約37倍」という複利の計算。ここは、我々の立場としてははっきり「比喩です」と言っておきます。人の成長は複利のように滑らかには積み上がりません。停滞する時期があり、崩れる夜があり、そこからの立て直しこそが本題です。数字の力強さは、やる気のスイッチとしては優秀ですが、実測値だと思って自分を測ると、少し停滞しただけで「自分は複利に乗れていない」と落ち込む材料になりかねません。
同じく、豊富に出てくるオリンピック選手や有名企業の逸話も、証拠としては一次研究より弱いものです。効いているのは背後の原理(環境・きっかけ・小さな一歩)であって、劇的な逸話そのものではない。原理を持ち帰り、物語は楽しむ——それで十分です。
誰に勧めるか
「何度やっても三日坊主で終わる」を、根性ではなく仕組みで立て直したい人には、体系だった良い一冊です。我々の個別記事(if-then、崩れた後の立て直し)を先に読んでから本書に進むと、原理が具体的な夜の場面に接続されて、より使いやすくなります。逆に、行動科学にすでに詳しい人には、既知の原理の丁寧な再整理に見えるかもしれません。